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石井信忠 (安芸守)[いしい のぶただ]
石井 信忠(いしい のぶただ)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将。龍造寺氏の家臣。石井忠次の次男。同じ諱の石井四郎左衛門信忠の母方のおじにあたる。 == 生涯 == 父、兄らに従って龍造寺隆信に仕え、武勲から隆信より偏諱を賜り信忠と名乗る。天正12年(1584年)、隆信の旗本として沖田畷の戦いに従軍し、戦死した。 後の佐賀藩祖鍋島直茂とは諸所の戦陣で轡を並べた仲であり、それにより長男の茂里を、男子に恵まれなかった直茂の養子とする。後に直茂に嫡男勝茂が生まれると、信忠は茂里の養子縁組を解消したい意向を伝えるが、直茂は首肯しなかった。その直茂との縁によって、信忠の子孫は江戸時代を通じて佐賀藩の重臣として二家(横岳鍋島家・深堀鍋島家)が栄えた。
抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「石井信忠 (安芸守)」の詳細全文を読む
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